バスターミナル設計

長野県松本市のバスターミナル建て替え計画案。制作のきっかけは主に2つある。
1つ目は個人的なバス旅行体験だ。私はよくバスに乗って旅行をするが、バス待ち時間を持て余している人が多いこと、バス乗り場が雨ざらしであることが気になっていた。ある時、旅先の駅のホームで待ち時間に地域のおばちゃんとおしゃべりをすることがあった。何気ない会話だったが、それが旅の思い出として残っている。その体験から、バス待ち時間はもっと充実させられること、観光客・住民ともに利用するバス待合所は「交流の場」として可能性があることに気づいた。

2つ目のきっかけは今の社会に対してだ。話をしていると、「今の時代は疲れている人が多い」と耳にすることがよくある。下の図は、厚生労働省による資料「患者調査」をもとに作成したうつ病患者数の推移である。

日本のうつ病患者数は年々増加している。

日本は経済成長においてもピークに達し、“成熟した社会”では心を豊かにするもの・癒すものが求められているように感じる。それに対し、100年ほど前に提唱された「民藝」という概念を参照した。「民藝」とは、実用的な日常の道具を美しいとする考え方である。美術館に飾られる繊細な作品ではなく、庶民の生活から自然と生まれる、使い心地よく飽きのこないものを美しいとした。例えば、沖縄県の「やちむん」、和歌山県の「しゅろほうき」、岩手県の「南部鉄器」がある。

沖縄の伝統的製法でつくられる「やちむん」
独特の鮮やかさ、あふれる躍動感。
岩手県の「南部鉄器」
丈夫で一生使えるともいわれる急須など。
大分県の「別府竹細工」
温泉地で使われる竹かごなど、熱に強く軽い。
愛知県瀬戸市「瀬戸焼」
白い素地に釉薬が美しく映える。
和歌山県の「しゅろほうき」
しゅろの木の繊維の柔らかな掃き心地。

このような「民芸品」が現代人の心も豊かにしてくれるのではないかと思い、“民芸のまち”である長野県松本市に注目した。松本市は城を中心に個性的な店の集う城下町、市街地のすぐそばにある北アルプスの山々、山の恵みである水を活かした食文化、温泉地や景勝地、トレッキングコース、スノースポーツといった楽しみがある。加えて、明治時代が始まってすぐに開校した「開智学校」、松本城を使った博覧会の開催、戦後の荒廃した町を美しくした「花いっぱい運動」、音楽を通じて心を育む「スズキ・メソード」が生まれたように、豊かな芸術文化を持つ。現在でも、世界的な音楽家の集まる「セイジ・オザワ 松本フェスティバル」を1992年から毎年開催している。総じて、松本には癒しの魅力が溢れている。下記は、松本を調査する中で訪れた店などを記録したマップである。

城下町には個性的な店が多くある。
破線はバスに乗って行くような中距離。
「繩手通り商店街」
かつての城下町を再現した長屋風建築が並ぶ観光商店街。
「中町通り商店街」
江戸から大正期の蔵造りの建物が多く残る観光商店街。
「珈琲美学アベ」
1957年から続く老舗純喫茶。
珈琲をおいしくするために音楽・インテリアもこだわる。
「オールドロック」
イギリス北部の建材や家具を使ったアイリッシュパブ。
読書など日常に馴染む店。
「こばやし 本店」
明治末期創業の歴史ある蕎麦屋。
産地にこだわったそばつゆと伝統的な製麺を続けている。
「栞日」
個人制作の出版物を扱うブックカフェ。
ここにしかない本が揃う。
「松本民芸家具中央ショールーム」
独特の温かさがある「松本民芸家具」を扱う。
諸国の民芸品も販売。
「ちきりや工芸店」
松本民芸館も創館した丸山太郎により創業。
世界各地の民芸品を販売。
「松本ブルワリー」
周囲の山から流れる湧水を材料とした松本のクラフトビール。

松本は車で行くような中距離にも魅力的な場所が多くある。しかし、お城観光の外国人や温泉巡りをする高齢者など、自家用車を持たない観光客も多く訪れる。よって、松本観光においてバスは重要な交通手段である。また、松本は「住みやすい街」でもある。城下町だったエリアは道幅が狭く渋滞が起こりやすい。地域住民もバスを使って移動するため、観光客・住民ともに利用しやすい「地域の玄関口」となるバスターミナルが松本には必要である。

松本駅近くにあるバスターミナルとホテル。

現在、鉄道駅舎JR松本駅から徒歩2分の便利な位置にバスターミナルは既にある。信州のバス会社が経営する商業施設だ。バス乗り場は商業施設と隣接して外にあり、壁・屋根に覆われる寒そうな空間である。商業施設は地下1階にスーパー、1階にカフェがあり地域住民で賑わう。しかし40年以上使われる建物で、老朽化による雨漏りが起こる。2階以上は空テナントも見られ、7階まであるうち4~6階は階全体にシャッターが閉まる。この状況から、新たなバスターミナルを建てるべきだと感じた。

バスターミナルとホテルを新たに建て替える。

新たなバスターミナルは、松本の癒しの魅力を活かしバス待ち時間が充実するものを考えた。それによってバス利用者が増えることも目標とした。現在、バスターミナル隣に同バス会社経営のホテルが建つ。建て替え計画はそのホテル敷地も含めたもので、2棟のホテル兼バスターミナルを新たに建てる。ホテルラウンジと一体になった、くつろげるバス待合所を設けるためである。くつろぎの待合所はメインとなる1階に設け、「まちのバス待ちリビング」として観光客・住民みんなが交流できる空間を考えた。待合所は乗り場と一体の空間とし、バスに乗る直前までくつろぐ体験を提案する。

新たなバスターミナルの2棟は、それぞれ中距離・長距離バス乗り場を設ける。日中が主な中距離バス乗り場の棟は、建物内でくつろぐ「バス待ちリビング」を設ける。夜行バスもある長距離バス乗り場の棟は、ターミナルが営業終了する早朝・深夜の時間帯でもくつろげる外の待合所を設ける。縁側を参考にした空間で、「縁側バス待合所」とする。

「バス待ちリビング」イメージ
扉のすぐ外にバスが来るまで屋内で待つ。
「縁側バス待合所」イメージ
屋外だが温かさのある空間で深夜バスを待つ。

ホテル兼バスターミナルでは、客室、大浴場、食事処も設ける。客室はバスターミナル内にあり旅の雰囲気が感じられる。早朝のバスに乗る観光客が泊まったり、バス待ち時間の余った人がくつろぐ場として使う。

旅の雰囲気が感じられる客室。

大浴場は日帰り入浴も可能で、地域住民にも訪れやすい場とした。大浴場の隣には北アルプスを臨む湯上りラウンジ・展望デッキを広く設けた。付随するコインランドリーで洗濯しながら休んだり、バス待ち時間を過ごしたり、リラックスして自然と交流が生まれる場だ。

くつろぎ・交流の展望デッキ。

ほかに、観光の中継地点として電車・バスの乗り継ぎで訪れる人もいる。30分~1時間ほどのバス待ち時間が生まれる可能性が高い。街へ出るには短すぎる時間だ。そんな短い時間でも松本を感じられるよう、松本らしい飲食店(洋食レストラン、蕎麦屋、バー)、松本工芸を扱う土産物屋(松本だるま、てまり等)を入れた。朝は喫茶店にもなる落ち着いた雰囲気の洋食レストラン、本屋の隣にありカウンター席でゆっくり読めるバー、中庭食事スペースの隣のパン屋など、飲食店は宿泊客・住民にも使いやすいものにした。

喫茶店にもなる洋食レストラン。
こじんまりとした落ち着く蕎麦屋。
本屋と繋がった読めるバー。
松本工芸を置く土産物屋。
中庭に面するパン屋。
パン屋隣の中庭食事スペース。

地域住民で賑わう既存地下1階のスーパーは残し、4階にはヘアサロンも入れる。地域住民の利用増加によって、日常に馴染むほっこりとした場所を目指す。

新たに入れるヘアサロン。

建物全体を通して、小さな空間から設計した。まずは松本民芸家具に合わせて、家のような部屋をたくさん考えた。「バス待ちリビング」を中心に、それら1つ1つの小さな空間を繋げてバスターミナル全体を構成した。家具から考えていくことで、人の体の大きさに合った「巣」となることを目指した。

ちょっとした空間が寄り添って、1つの大きな建築となる。

建物の配置は、バスへの乗りやすさを最優先に考えた。そこで、バスが敷地内を通りやすい位置に乗り場を設け、それに合わせて建物のボリュームを決めた。

バスが通り抜けやすいよう建物を配置。
全体配置図兼屋根伏せ図
北棟1階平面図兼配置図
北棟1階の民芸家具(平面図の青番号)
北棟2階平面図
北棟2階の民芸家具(平面図の青番号)
北棟3階平面図
北棟3階の民芸家具(平面図の青番号)
北棟4階平面図
北棟4階の民芸家具(平面図の青番号)
北棟5階平面図
北棟5階の民芸家具(平面図の青番号)
北棟A方向断面図
北棟C方向断面図
北棟北西側立面図
北棟南西側立面図
詳細図a 北棟5階風呂場浴槽
詳細図b 北棟1階書斎堀座卓
南棟1階平面図兼配置図
南棟2階平面図
南棟の民芸家具(平面図の青番号)
南棟B方向断面図
南棟北西側立面図
詳細図c 南棟2階腰掛窓